津山ひつじ

2025.02.10

ひつじまにまに お仕事/目黒の坂道

初めまして、またはお久しぶりです!

津山ひつじです♪

 

節分も過ぎて緩やかに季節が流れてますが

まだまだ寒い日ばかりですね。

 

昨日は家を出るとき、ふと見た温度計がマイナス3℃表示でびっくりしました!

 

ところによってはそれどころじゃない冷えや雪だとか。みなさま道中には気をつけてお過ごしくださいませ!

 

 

 

今日までの1週間は、

色々と準備が進む1週間でした。

 

事務所のレッスンでは

いつもと違うクラスに振替受講。

先生や題材が変わると、指摘や伝える言葉選びが変わります。

 

これまでうまく掴みきれずに「??」となってた自分の課題が、新しい言葉、違う伝え方や違うフォーカスから指摘をもらったことで、なんだか見えてきたように感じた、そんなレッスンでした。分かるとスッキリして見えてきます。

 

演技って奥が深いなぁと

ますますハマっていきます笑

 

 

また、オーディションがあったりもしました。

なんのオーディションかは開示できないですが、合格してお知らせできたらいいなあと思います。果報は寝て待てですね。

 

 

イベントの準備も進んでいますよ!

会場を見学して、イメージがどんどん膨らんできています。

 

会場となるのは目黒カフー。

 

ここはJRまたは東急線の目黒駅から、行人坂または権之助坂を下ったところにあります。

道中には歴史の遺跡などによくある解説の立て看板があったりもして。目黒駅周辺に歴史の残り香を感じて違う意味でもワクワクしてます笑

 

ワクワクついでにちょっと調べてみました。

 

JR目黒駅西口を出ると三井住友銀行の入ってるビルを挟んで、左右に2本の坂があります。

 

坂を見て左側が「行人坂」

 

ここは目黒雅叙園などに繋がる坂で

だいぶ勾配が急な狭い坂道。

江戸時代は、この行人坂が主要な幹線道路だったそうです。

 

 

坂を見て右側は「権之助坂」

今やさまざまな店が立ち並ぶ大きな道路ですが、実はこの坂の方が行人坂より後に開かれたそう。

 

名前の由来は、「菅沼権之助」という人の名前。

この方は江戸中期のこの地域の名主。あるとき、村人のために、年貢米の厳しい取り立てをやめるよう訴えたら、かえって訴え出の罪で捕まってしまいます。なんとか助けて欲しいという村人の願いも虚しく、権之助さんは処刑されることに!

処刑前、最期の要望として、「自分の住んだ家をひと目見たい」と申出ると、この権之助坂(当時は呼称「新坂」)から我が家をのぞむことを許されます。権之助さんは喜びました。処刑されること、残される家の悲しみや村人の窮状への苦悩は表情に見せず、最後まで落ち着いた態度でした。

この落ち着いた態度と村に尽くした功績を讃えて、権之助坂と呼ぶようになったそうです。

(出典:目黒区HP)

 

権之助坂は、行人坂と比べると勾配が緩やか。

明治時代に駅ができると、主幹道路の役割が権之助坂へと移り、今の姿になったそうです。

 

 

へええええ〜!!そんな歴史があったのかあ。

 

と勉強になりました。

 

 

たいそう話が横道に逸れましたが、

実際にみなさまが道に迷わぬよう、

会場へのルート案内を作成中です。

来場の際には、ご参照くださいませ。

 

また、ちょっとしたうんちくとして、坂の歴史を同行の方に伝えてみてもいいかもですね。

 

 

ちょこちょこと楽しみを増やしつつ、

今週も頑張りませう!

 

 

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津山ひつじってどんな人?

 俳優。普段は舞台やテレビで活動中!

 目標は映画や歌でみんなの心を揺する体験を届けること

 誰かの明日の「楽しみだなあ」になりたい。

 

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